2024年4月4日、ソウル市内で選挙活動を行う祖国革新党の曺国(チョ・グク)氏(右、写真・Kim Jae-Hwan/SOPA Images via ZUMA Press/共同通信イメージズ)

韓国は、いま選挙モード一色だ。総選挙の投開票が2024年4月10日に迫っており、ソウルはじめ全国各地で候補たちが朝から晩まで走り回っている。日本の選挙戦よりずっと熱い。

どの国でも選挙の争点はもっぱら生活に身近なイシューであり、外交は脇役だ。とりわけ今回は大統領選挙ではなく国会議員を選ぶ4年に1度の闘いで、候補たちの遊説を聴いていても「この地区に新たな交通網を整備します!」といった身近な公約ばかりだ。

野党勝利なら対日政策に影響も

だが、そうして内政課題が問われた選挙の結果が、往々にして外交にも大きな影響を与えることになる。この韓国総選挙はその典型例になりそうな雲行きで、外交で最も影響を受けそうな国は日本だ。

各種世論調査は進歩系の野党がリードしていると伝えており、尹錫悦大統領を支える保守系与党「国民の力」が大敗を喫すれば、日本との関係改善に踏み切った尹政権の外交にもブレーキがかかることが予想される。

政権・与党に対する批判の急先鋒は、日本でも一時期、むいてもむいても不正が出てくるとされ「不正のタマネギ男」として日本のワイドショーでも紹介、注目を集めた曺国(チョ・グク)元法相だ。

彼は選挙の直前に新党「祖国革新党」を結成して比例代表のみ(300議席のうち小選挙区が254、比例が46)に候補者たちを立て、自身も比例名簿の2番目に載せた。

話題沸騰となったのが、その政党名だ。「祖国」も「曺国」も、ハングルでは同じ「チョグク」と発音する。個人の名前を政党の名称にするのは禁じられているのだが、同音異義語であることから「チョグク革新党」は選挙管理委員会に認められた。

つまり、「祖国を革新するぞ!」とアピールする政党だといいつつ、事実上、曺国氏の名前が連呼されるという前代未聞の党名が登場したわけだ。

限りなく「曺国革新党」に近い「祖国革新党」は、すっかり選挙の台風の目となった。比例代表での支持率は29.5%という世論調査結果も出ている。

これは、進歩系の最大野党「共に民主党」が少数政党に有利な比例代表制の「抜け穴」としてつくった「衛星政党」の19%を上回り、「国民の力」のミニ政党の30.2%に迫る勢いだ。議席数にすると10前後を獲得することになり、2大政党が拮抗した場合、「祖国革新党」が国会でのキャスティングボートを握りそうだ。

しかし、なぜ曺国氏が日本のワイドショーを賑わせたか、思い返してみたい。前の文在寅政権で法相に就任したものの、娘の大学不正入学をはじめ家族のスキャンダルが噴出。彼は就任して1カ月ほどで辞任に追い込まれた。

韓国ドラマのような選挙戦

彼自身も不正入学のために表彰状の偽造に手を染めたことなど多くの罪で検察によって起訴され、一審・二審とも有罪判決。大法院(最高裁)に上告をしてはいるものの、2024年内に棄却される公算が大きい。

有罪が確定すれば、たとえ今回の選挙で当選しても議員資格を失う(その場合は「祖国革新党」の次点候補が繰り上がり当選)のだが、人気は上がる一方となっている。

その背景には、娘の不正入学などで起訴されたことや、検察による長時間の家宅捜索が「やり過ぎ」「政治的な思惑に基づく強引な捜査だ」という曺国氏がこれまで一貫して主張してきた経緯がある。これが、進歩派の有権者たちの間で共感が広がっている。

というのも、文在寅政権は検察の権限を大幅に縮小する方針を打ち出し、その実行役に任命されたのがソウル大学法学部の教授であった曺国氏だった。対して、曺国氏をめぐる捜査の総責任者は、当時の検事総長・尹錫悦大統領だった。

曺国氏の視点からは、自分に対する捜査は検察弱体化の妨害が真の目的であり、だからこそ不当に過酷であったと映り、尹大統領は不俱戴天の仇となった。総選挙で新党を結成して与党の議席を1つでも多く削って尹大統領を苦境に追い込もうと燃えている姿は、さながら韓国ドラマの復讐劇だ。

また、選挙戦略として巧みなのは、曺国氏が「小選挙区では『共に民主党』の候補に、比例では『祖国革新党』に」と訴えて「共に民主党」との連携を確立したことだ。

実は、「共に民主党」では今回の小選挙区の公認候補選定で、同党の李在明代表が自身に近い人物を露骨に優先して現職を相次いで外した。これが大きな波紋を呼び、進歩派有権者たちの気持ちがだいぶ冷めているのだ。

2024年3月初めの時点では「野党惨敗」を予測する報道まで出ている。そこに曺国氏がさっそうと救いの手を差し伸べた形となり、今では両党を合わせた進歩派陣営が大勝するという予測が広がっている。

「法難」を訴えて与党に対抗

曺国氏は尹錫悦政権のことを「検察独裁」と断じる。そこには多分に自身が受けた取り調べと起訴への私怨が込められているのだが、4月10日に野党側が大勝して尹大統領を弾劾に追い込むことを目標に掲げるほどの強気だ。

私は4月2日に開かれた「祖国革新党」の仁川支部結成式に行ったのだが、会場は相当な熱気に包まれていた。会場に駆けつけた人たちは曺国氏の一言一言に大きく頷き、話が盛り上がると「チョ・グク! チョ・グク!」と連呼。その光景を見て思い浮かんだのが、「法難」という言葉だ。

ソウル首都圏・仁川市で、祖国革新党の党支部結成式の様子(筆者撮影)

曺国氏が元法相だったからではなく、「法難」という言葉は「仏法を広げる際に権力者から受ける迫害」を指す。彼は「検察改革を推進しようとしてその検察という巨大権力から迫害を受けた」と自らを定義し、それを熱狂的なほどに信じる人たちが急増しているのだ。そうした高揚感が醸成された状況において、「検察独裁」というフレームは実に響くようだ。

韓国政治の内情に詳しいソウルの知人たちに話を聴くと、みな一様に「確かに大統領は検事出身だが、政権全体が元検事だらけというわけではない」と述べ、「検察独裁」は誇大だと眉をひそめる。

だが、「法難」は仏法を信じる者たちを弱めるのではなく、むしろ結束を強める場合が多い。そうした心理的なメカニズムが、「祖国革新党」ブームの本質のように思える。それは、アメリカでトランプ前大統領がさまざまな罪で起訴されればされるほど支持者たちの結束が高まる現象に通じるものがある。

一方、留意すべき点もある。年代によって支持・不支持が極端に分かれていることだ。私が覗いた仁川でのイベントでもそうだったが、「祖国革新党」支持者のほとんどは40代以上、とりわけ50代が多い。検察と闘う曺国氏の姿に、かつて学生運動を通じて軍事政権と闘った自分たちの青春を投影しているようだ。

しかし、30代以下での支持率は一桁に留まり、とりわけ20代は「ゼロ」という調査結果も出ている。権力者の親の力で娘が大学に不正入学したというスキャンダルを、苛烈とされる韓国の受験・就職競争に直面、あるいは経験が新しい若い世代が許すことはなさそうだ。

最大野党代表も「法難」を訴え

この「法難」に自らを重ねていそうな総選挙の主役級がもう1人いる。「共に民主党」の李在明代表だ。

彼は城南市長時代の都市開発事業をめぐる不正をはじめ、収賄や横領など複数の罪で起訴されている「不正の総合商社」だ。2024年4月2日にも公判が開かれたため、彼は選挙遊説を中断して法廷に立たざるをえなかった。

このあとも公判が予定されていて、13日間の公式選挙運動期間中、実に3日間も裁判所に出向かなければならないのだ。選挙運動期間における最後の公判は4月9日。投票の前日まで裁判所通いを強いられる。

さすがに日本では考えられない展開だが、一貫して無罪を主張する李在明氏は、こうした状況を「法難」よろしく自身に有利な方向に世論を誘導しようと余念がない。

4月2日、法廷に入る前に「貴重なときなのに選挙に集中できない状況なのは残念だ。これも『検察独裁政権』のもとで捜査・起訴の権利を濫用する『政治検察』が望んだ結果ではないか」と記者団に述べた。権力から選挙運動妨害という迫害を受けている、というわけだ。

以前、李在明氏のことを「韓国のトランプ」と日本のメディアが呼んだ時期があった。歯切れのいい演説はやや似ているものの政策の方向性がまるで違うので、ほどなくそうした比較は消えた。ただ、何度起訴されても「検察が政治的に偏向しているだけだ」と突っぱね、支持者たちの結束を強める手法は、確かにトランプ氏とそっくりだ。

最後に曺国氏の「祖国革新党」に戻ると、党のシンボルカラーは青。これは「共に民主党」が青なので、そこと連帯する党としては自然なのだが、よく見ると、左から青、水色、やや濃い青の3つに分かれている。

「祖国革新党」の青が意味するもの

左の青は進歩(革新派)の岩盤支持地域である韓国南西部・全羅道の海を、真ん中の水色は北朝鮮と中国の国境にそびえる白頭山(中国名は長白山)の頂上付近にあるカルデラ湖「天池」を、それぞれ象徴しているのだという。そして、右の濃い青。竹島(韓国名は独島)の海だそうだ。

祖国革新党のイメージカラー(写真・同党ホームページより)

韓国の進歩派陣営は全体として北朝鮮に融和的であり日本に強硬なスタンスなのだが、この「祖国革新党」の3つの青からは、曺国氏がとりわけ先鋭的なことが窺える。

尹大統領の弾劾となると「さすがに根拠がない」と否定的に見る向きが強いものの、今回の選挙で野党が大勝して曺国氏の存在感がさらに高まれば、徴用工訴訟の問題で日本に譲歩した尹大統領の姿勢への批判が改めて燃え盛ることも予想される。

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