二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還する『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。シーズン2の放送を記念し、山岸氏の解説を改めてお伝えしていきたい。今回はシーズン1で放送された2話の医学的解説についてお届けする。
※登場人物の表記やストーリーの概略、医療背景についてはシーズン1当時のものです。
2話の後半では我々心臓外科医が将来経験するであろう恐ろしい合併症が出てきました。
スナイプによる僧帽弁置換術後左室破裂です。
僧帽弁置換術後左室破裂
2話後半の山場です。スナイプ(経心尖カテーテル僧帽弁置換術:詳細説明はvol.8をご参照ください)による小山さんの手術が始まりました。僧帽弁手術が誰にでもできるというコンセプトで高階先生が推しているスナイプを関川先生が使用します。
関川先生は左利きで右手で人工弁をリリース(留置する:引き金を引く)しなければならないところを、左手に持ち替えて引き金を引いてしまいます。「人工弁を留置する際にとっさにスナイプを利き手に持ち替えたことが災いしたか」「初めて行うスナイプ手術だ。かすかな恐怖が器械の操作を狂わせた」。
ほんの些細なミスが命にかかわるミスにつながるというのが心臓の手術です。一つの心臓手術を完遂するのに、その作業工程は細かく分けると数百、千近くに及ぶのですが、その一手一手を正確に、確実に丁寧に積み上げていかなくてはいけません。
数百に及ぶ作業工程を数十にもみたない作業工程にまとめることで、誰にもできる僧帽弁手術を可能にしたスナイプは、その一手一手の重みが非常に重く、一手のミスが取り返しのつかない大惨事につながります。
通常であれば、左房と左室の間に僧帽弁という扉(弁)があるのですが、その弁の枠組み(弁輪)に人工弁をフィット(圧着)させないといけないのですが、斜めに弁を入れたことによりフィット(圧着)せずに、左室側に弁がずれてしまい、左室に落っこちてしまいました(脱落:マイグレーション)。
佐伯教授はマニュアル通り回収デバイス(回収装置:先端にツマミがついていて、それで人工弁のステント部分を把持し、おそらく外筒のようなものに弁を収納して外に出すような仕組み)での人工弁の回収を指示します。
もうパニックになっている関川先生はどうすることもできません。高階先生が人工弁をツマミで把持した後、すこし引っ張ってしまったのか、人工弁の周りのステント部分が左心室の筋肉に引っ掛かり筋肉が裂けて、出血してしまいます(左室破裂)。
この左心室の筋肉が裂けて出血することを「左室破裂」と表現します。最初研修医のころに先輩から僧帽弁手術の一番怖い合併症は左室破裂だと教えられた時に、心臓がバーンって破裂するんだ!それは大変だ!と思ったのですが、別にバーンと破裂するのではなく、心臓の筋肉が裂けて出血してしまうことを左室破裂と呼ぶのです。
破裂と大げさに表現するにはそれなりの理由があって、この左室破裂は非常に修復が難しい。心臓(左室)の筋肉は非常に繊細で脆く、一度切れてしまうと、そこからどんどん繊維方向に裂けていってしまいます。
1話で佐伯教授が佐伯式手術(僧帽弁形成術)をしている時に助手の柿谷先生に「あんまりクーリー拘引っ張るな」と指示を出すのですが、心臓は引っ張りすぎると容易に裂けていってしまいます。
私も僧帽弁手術の助手に入りだした時に、僧帽弁越しに左心室の中にセッシを入れようものなら、「左室の中にセッシ、サクション(吸引)を突っ込むな!左室破裂になるぞ!」と激怒されました。少し引っ張りすぎただけ、触っただけで裂ける可能性があるほど心臓の筋肉は弱く、脆いのです。
私自身がした手術では左室破裂の経験はないのですが、500以上の僧帽弁手術にかかわり、2回ほど左室破裂を経験しました。それほど稀な合併症でありますが、同時に非常に恐ろしい合併症で、僧帽弁手術をするときは心臓外科医なら皆この合併症を恐れながら手術をしているといっても過言ではありません。
通常の心臓の手術は正中切開といって胸の真ん中を縦に切開して手術を行います。胸骨という肋骨と肋骨の間にある板のような骨は電気ノコギリで切ってしまいます(もちろん最後はワイヤーというステンレス素材やチタン製の金具できっちり合わせて手術を終えます)。
通常の僧帽弁手術は右側左房切開といって、左房の右側を切り左房から僧帽弁を見て修復や置換を行います(僧帽弁を上から見るイメージです)。
僧帽弁手術後左室破裂は通常よりも大きな弁をいれてしまったり、先ほど言ったように左心室を無理に引っ張ったり、セッシや吸引、そのほかの管で傷付けたり、針で左室筋肉を引っかいたり等が原因で起こってしまいます。
修復は非常に厄介で、人工弁置換しているのであれば人工弁を取り外し、左心室の内側からフェルトという、柔らかい素材の布を使用して縫い合わせます。さらに医療用の接着剤を使用して筋肉を補強します。かなり頑丈に修復しないと、心臓を動かすとさらに裂けていってしまいますので、非常に大変な手術になります。
2話に出てきたこのスナイプによる人工弁脱落、左室破裂は将来世界のどこかの心臓外科医が絶対に遭遇するであろう合併症であることは間違いありません。この場面を見た心臓外科医の先生方は自分ではどうやって修復するだろうといろいろと治療方針を考えたはずです。
自分ならまず人工弁が脱落した時点で正中切開に切り替えて、胸の真ん中を切開して、人工心肺を確立して、大動脈を遮断して、心臓を止めて、左房を切開して、人工弁摘出、左室破裂修復にかかると思います。外科医は自分の得意なというか慣れた状況にもっていって手術をするのが鉄則ですから。
渡海先生の外科医的アドリブ
渡海先生は「このままもう縫ってっちゃうよ。外からいっちゃおう」と言って左心室の修復を行うのですが、これは、人工弁を先に取り出さないで人工弁をそのままにして心室の内側からでなく、外からフェルトを使用して修復してしまおう、という意味です。
このセリフは台本にはなく完璧に二宮さんのアドリブなのですが、不思議なことに本当の外科医のような、つまり状況を深く理解している上でないと出ないセリフです。こういったことが撮影では結構あって、アドリブで言うセリフが本当の外科医のようで正直ビビります。渡海が乗り移っているとさえ思ってしまうほどです。
左開胸での左室破裂修復、人工弁摘出(よーく見ると人工弁が折りたたまれて出てきています。人工弁に絡みついた左室の筋肉をメッツェンという外科ハサミではがしてさらに折りたたんで摘出するという神業!)、僧帽弁手術まで渡海先生はこなしてしまうのですが、この方法で修復する心臓外科の先生はいるのかな。とにかく、ここの場面の渡海先生の技術は卓越した技術であり、左室破裂の修復をするときの心筋へのファーストタッチを見ると、非常にデリケートで、さらに組織に触れていないときの糸裁きのスピードは神がかっていて、まさに悪魔的精緻を極めた手技と表現するしかありません。
心臓外科医の立場から見てもすごく興味深く、腹部大動脈瘤破裂という日常的に遭遇する病気もあれば、スナイプによる左室破裂という非常に未来志向の合併症を扱った第2話でした。第3話もマニアックで興味深い内容ですのでぜひご期待ください!
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。
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